イサマル

PR

 

ユカタン半島 遺跡巡りの旅:第13回

黄色い町イサマル

 

前回へ戻る 目次に戻る 次回へ進む

 



街の中心はイサマル修道院

  メリダの周辺の小旅行で人気があるのが、バスで東に1時間ほどのところにあるイサマルという町です。ここにもマヤの遺跡があるのですが、この町を有名にしているのは、スペインの司教ディエゴ・デ・ランダが院長を務めたイサマル修道院です。

 町の中心部、かつてマヤの大神殿があった場所に建てられた修道院は、全体が黄色に塗られています。また、町の多くの建物や家もそれに合わせて黄色く塗られているため、イサマルは「黄色い町」と呼ばれます。

 ちなみに、ディエゴ・デ・ランダは、マヤの絵文書を焚書にしたことや、マヤに関する貴重な記録である「ユカタン事物史」を著したことで有名です。スペイン人侵略後のマヤ民族の歴史の中では忘れられない人物なのです。

 

黄色く塗られた建物が並ぶイサマル中心部

広い庭を持つイサマル修道院

 
修道院の横で客待ちする観光馬車

 

巨大ピラミッド神殿キニチ・カクモ

  イサマルは元々あったマヤの都市を壊して建設した町です。ですから、町の周辺には今でもマヤの神殿の跡がいくつか残っています。その中で、最大の規模を誇るピラミッド神殿が、街の中心から北に15分ほど歩いたところにあるキニチ・カクモ(Kinich-Kakmo)です。

  この神殿は、エズナのグラン・アクロポリスのように、巨大な基壇の上にピラミッド型の小型神殿を乗せた形になっています。入り口から基壇に設けられた階段を10数m上ると、基壇の上に当たる広い広場に出ます。たぶん、昔はここに複数の神殿が建てられていたのでしょうが、今は木が茂っているだけです。

 正面に10層からなる階段状のピラミッド神殿が姿を見せています。この神殿の特徴は、一般的なピラミッドとは異なり、角に丸みをつけていることです。基壇を含めた全体的なサイズは、幅173m、奥行き195m、高さ36m。基壇の周辺を歩いてみると分かりますが、非常に大きなピラミッドです。

 

キニチ・カクモの基壇部分

キニチ・カクモの基壇の上にある神殿。角が丸くなっている

 
ピラミッド神殿の上からイサマルの町を望む

 

線

 

「第12回」に戻る

 

「第14回」に続く

 



ラテンアメリカ博物館
Copyright 2014, K.Norizuki.all rights reserved