ワカ・ラハダ (モチェ文化)  ペルー

ペルー国旗

金銀で着飾ったシパン王発見の舞台

 泥の山と化したアドベ作りのピラミッド型神殿。

  ペルー北部の主要都市チクラヨの郊外にあるモチェ文化の遺跡ワカ・ラハダ。1987年7月に、ここで世紀の大発見があった。大量の黄金の装飾品を身にまとったモチェの王が墓の中から見つかったのだ。発掘した考古学者はこの王をセニョール・デ・シパンと呼び、ペルーのツタンカーメンとして世界中に紹介された。

モチェ文化は金や銀を使った合金工芸品の製造が得意で、当時の墓には副葬品として多くの金銀装飾品が埋められていた。このため、モチェの墓は盗掘者の格好の標的となって荒らされてしまい、王の墓などが完全な形で発掘される可能性は低いとみられていた。それだけに、この発見はペルーのみならず世界中を驚かす出来事となったのだ。

また、発掘された実際の装飾品は、主なものがランバイエケのシパン王墓博物館に収蔵されている。その展示物は、ペルーのツタンカーメンと呼ばれるだけのことはある素晴らしいものだ。

 

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ワカ・ラハダの入り口の看板と遺跡の一部。ワカ・ラハダは、高さ30mのピラミッド型建築物と台形の建物を組み合わせた神殿と、そこに隣接した墓所からなっている。その復元図が看板に描かれている。

 墓所の発掘現場。現在も発掘が続いており、さまざまな遺物が発見されている。

 防具や装飾品などを身に着けた戦士の墓。発掘の様子を現場で復元したもの。

シパン王(真ん中)の墓。左に戦士、上と下に奥さん(二人いたのか?)、右は王の旗持ち、その上に子供、右斜め上にも護衛がいる。

シパン王は40歳前後に病気で亡くなったそうだ。当時は、王が死ぬと奥さんや側近も一緒に埋葬された。死後の世界があると信じられていたため、一緒に行くことが普通だったのだろう。王がマスクで顔を隠しているのは表情を他人に見せないようにするためだとか。

高位の神官(青い耳飾)の墓。王に次ぐ権力を持つ神官の墓も、王の墓に準ずる構成になっている。隣には奥さん、その隣の逆向きは護衛、足元には子供(男の子)がいる。

  ランバイエケにあるシパン王墓博物館(Museo Tumbas Reales de Sipan)
シパンのピラミッド神殿をモデルにした真っ赤な外観の建物。中に入ると、素晴らしいモチェの黄金文化の世界が展開する。黄金の輝きに目を奪われるだけでなく、一つ一つの装飾品の細工の素晴らしさにも感嘆させられる。展示物の量・質共にペルーで比類なき博物館だ。

ワカ・ラハダの訪問レポートはこちら
第9回 チクラヨ:シパンの王墓


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評価の基準:★★★★★=文句なしに素晴らしい、絶対お薦め。★★★★=かなりいい、是非一度見てほしい。★★★=なかなかいい、見逃すのは惜しい。★★=まあまあ、期待しないで見てみてはどうでしょう。★=特にお勧めはしません。無星=なんだこれ、見ても疲れるだけ。

ワカ・ラハダは、遺跡としては見るべきものはないが、発掘された王墓などが現場で再現されている所は珍しく一見の価値あり。

周辺施設としては発掘品を展示している「シパン-ワカ・ラハダサイト博物館」が遺跡の横にある。周辺施設を★★★★★にしたのは、ワカ・ラハダから出土した黄金の装飾品などを展示した、ランバイエケのシパン王墓博物館の評価。位置的にはかなり離れているがこれを評価に含めないわけにはいかない。この博物館を見るだけでもチクラヨに行く価値が十分にある。

お薦め度の★★★★も、博物館がなければ★★になる。

 評価項目  評価
 遺跡 ★★
 周囲の環境 ★★
 アクセス ★★★
 周辺施設
  (博物館)
★★★★★
 お薦め度 ★★★★

 

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チクラヨ周辺の遺跡と自然保護区の位置図


 ペルー北部の主要都市チクラヨ周辺には、モチェ文化、シカン文化、ランバイエケ文化などが栄え、この遺跡が点在する。ワカ・ラハダはチクラヨから東に35劼曚匹里箸海蹐砲△襦8朕佑任離▲セスももちろん可能だが、チクラヨの北のあるシパン王墓博物館なども併せて巡るならツアーを使ったほうが効率的だ。ツアーは、シパン王墓博物館、ワカ・ラハダ、トゥクメを巡るシパンコース、国立シカン博物館とポマックの森を巡るシカンコースなどがある。

 

 



 
ラテンアメリカ博物館
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