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南米ペルー 遺跡巡りの旅 : 第3回

パラモンガ要塞

 

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バランカからパラモンガへ

 カラル遺跡の近くにあるスペの街に隣接しているのがリマ県バランカ郡の郡都バランカ。この辺りでは最も大きな商業都市で、中心街はかなり活気があります。

 次の目的地パラモンガ要塞に行くため、この街で一泊したのですが、そのホテルが日本に出稼ぎに行って帰国した人が経営していたのです。かなりの安宿でしたが、部屋は比較的清潔で、部屋のテレビにはケーブルが入っていてNHKの海外放送が見れました。

 さて、パラモンガ要塞はバランカの隣にあるパラモンガという小さな町の近くにあります。カラル遺跡と違って幹線道パン・アメリカンハイウエイの横にある遺跡ですので、北から南下するのであれば、パラモンガの手前にある遺跡の前でバスを降りればいいのです。しかし、リマから北上する場合は、まずパラモンガまでバスで行き、そこからタクシーで移動するのが一般的です。町にはオートバイを改造したモトタクシーという乗り物が走っていますので、安い料金で楽に遺跡に行けます。


バランカの中央広場とカラフルな教会。

 

チムー王国の南端を守る大要塞

  パラモンガのバスターミナルで客待ちをしていたモトタクシーのオヤジさんに聞くと、500円ほどで遺跡まで往復すると言います。しかも、私が遺跡を見終わるまで待っていてくれるというので、早速、出かけることにしました。

 中国製らしきオートバイの後ろに幌付きの二人乗り客席を設けたモトタクシーは断末魔の悲鳴のようなエンジン音を振りまきながら走ります。振動もすごくて身体が痺れます。町から幹線道路まで続く並木道を走りぬけ、パン・アメリカンハイウエイに出たのですが、小さくてスピードも出ない乗り物ですから、バスやトラックが横を通ると引っ掛けられそうでかなり恐いです。

 しかし、距離は大したことなく、町から15分程度で遺跡の前に着きました。入り口で入場券を買って遺跡に入ると、大きな城壁を持つパラモンガ要塞が目の前に現れます。茶色い泥で塗り固められた4層構造の城塞型建造物は思っていたより迫力がありました。

  fortaleza(要塞)と呼ばれるのは、この建造物を見た侵略者スペイン人の年代記作家が要塞と勘違いしたからだそうで、本来は、宗教儀礼のための神殿として使われていたようです。 しかし、この地域はペルーの海岸部で強大な勢力を誇ったチムー王国の南方辺境にあたり、このあたりでチムーの前線部隊が東部山岳部からやってきたインカ帝国の軍隊と衝突したことは十分に考えられます。

砂漠にそびえる多層構造の城塞パラモンガ

 

膨大な日干しレンガを積み重ねた大ピラミッド

   パラモンガ要塞の建物は高さが30mあり、膨大な量のアドベ(日干しレンガ)を積み重ねて築かれています。頂上に上るための出入り口は南側に一カ所だけしかありません。そこを登っていくと、周囲の砂漠と織り成すように緑の耕作地が広がる美しい光景が見えます。

 チムー王国の遺跡にはトルヒーヨにあるチャンチャン遺跡などがあるのですが、オリジナルの形が残るものが少ないようです。その点、このパラモンガ要塞の建物は、チムー時代の原形をかなりとどめている貴重な遺跡ということです。


建造物は日干しレンガを積み重ねて築かれている

建造物の南側にある神殿への登り口

遺跡の裏側に広がる砂漠とサトウキビの耕作地

 

古代からの神域を体感する

  遺跡の中心は、4層の基壇を持つ高さ30mの主神殿と北側に突き出した副神殿のような建物によって構成されています。アドベ造りの垂直の壁で周囲を囲んだ巨大な建造物は、どこから見ても城塞のようです。ここにやってきた侵略者スペイン人が、これを見て要塞と間違えるのも無理はありません。

 炎天下の遺跡の中を歩き回りながら、茶色の泥壁の連なりの中に強烈な太陽の日差しが生み出す影を見ていると、非現実的な絵画の世界にいるような不思議な感覚になります。

  主神殿の頂上部に登ると、二つの四角い部屋が作られていますが、これは太陽と月を祀ったものということです。建物自体には驚くようなものはありませんが、観光客がほとんどいないため、誰にも邪魔されず古代から続く神域を体感できるのがこの遺跡のいい点だと思います。

 

擁壁のような泥壁が続く主神殿の基台。奥に見えるのが副神殿。

階段状のピラミッドにも見える主神殿。その頂上部に建物がある。

主神殿の頂上にある、太陽と月を祀った二つの部屋。

 

 

リャマの形をしているという遺跡

 私が頂上にいるとペルー人観光客の一行がやってきました。その人たちと話をしていると、この近くに日本人が住んでいたことを教えてくれました。その人は、かなり広大な土地を手に入れて農業をやっていたそうですが、いまはもうどこかに行ってしまったということです。ペルーには農業を営む日系人も多いので珍しいことではないのですが、実際にそういう人がいたことを聞くと、ここで一体どんな生活をしていたのか興味がわきました。

 その一行のガイドから、この建物がリャマの形をしていると聞きました。北に突き出した副神殿がリャマの頭で主神殿が身体、そして西側の二カ所の角が足になるそうです。Google mapで見ると本当にそんな形をしているのですが、この神殿を建てた人が山岳部の動物であるリャマの姿を模したというのはどうでしょうか?。

  いずれにしろ、ペルーの人たちは結構フレンドリーで、よく話しかけてきます。国民性とか、日本人に対する親密感が影響しているのでしょうが、一人旅では、こうしたことが嬉しいものです。

北に突き出した副神殿。遺跡の先には耕作地が続く。

Google mapで見たパラモンガ要塞の形。確かに動物の姿になっている。

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「第4回」に続く

 



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