PR

 

南米ペルー 遺跡巡りの旅:第2回

世界遺産:カラル遺跡

 

前回に戻る 目次に戻る 次回へ進む

 



アメリカ大陸最古の都市カラル

 ペルー遺跡巡りの旅は、まず、プレ・インカの遺跡の宝庫である北部に向かいます。ペルーの遺跡というと、誰もが思い浮かべるのは東部山岳地帯に位置するマチュピチュでしょう。しかし、ペルーにはマチュピチュ以外にも魅力的な遺跡が数多くあり、その多くが首都リマの北に位置しているのです。その中で、最近、注目を集めているのが、2009年世界遺産に登録されたカラルです。

 カラル遺跡はリマの北200kmに位置するスペという町の近くにあります。この地域を流れるスペ川流域には数多くの古代遺跡が眠っており、1948年にカラルの一部である古代都市が発見されています。しかし、ここが世界的に注目されるようになったのは1994年に本格的な発掘調査が行われてからです。砂漠地帯からピラミッド型神殿や大規模な住居、円形劇場まで含む大規模な都市遺構が発掘されさた上、そこから見つかったシクラと呼ばれるイグサの袋の年代測定をしたところ、紀元前2600年以上も前のものだったのです。

 エジプトのピラミッドが作られたのと同じ古い時代に、アメリカ大陸に大規模な都市が存在したというのは、それまでの常識からは考えられないことです。このためカラルは「アメリカ大陸最古の都市」と言われるようになりました。その評価はまだ完全に固まっているわけではないのですが、多くの人たちが驚きをもって注目し、現在も続けられている発掘調査に期待している状況なのです。

 今やペルーを代表する遺跡になっているのですが、日本ではあまり知られていないため情報に乏しく、行き方も分かりません。そこで、とりあえずリマの旅行社で、カラル遺跡に行くツアーがあるか聞きました。すると、「ツアーは行く人がいない。遺跡に行くバスもない。一人で車をチャーターした場合700ドルくらいはかかる」というのです。私は仕方なく、カラルに行くのを断念し、その近くにある古代遺跡であるアルモロンガ要塞に行くことにしました。

 ところが、アルモロンガ行きのバスがスペに着いた時、車窓から「ホテル・カラル」という看板が見えたのです。私はバスを降り、ホテルを訪ねて聞いてみました。すると、受付の女性は「ツアーの車は、明日の朝ここに来る」と言うのです。あまりにもあっさり言うので不安になりましたが、とりあえずは、その言葉を信じることにしました。

 翌朝、不安が的中しました。「客がいないのでツアーは中止になった」と受付が、また、あっさり言います。私は、そんなこともあるだろうと思い、前日のうちにタクシーの運転手と話して、「40USドルで遺跡に行く」と聞いていたので平気でした。ところが、受付が「タクシーは高いよ。コレクティーボで行きなよ」と言います。コレクティーボとは、行き先が決まった乗り合いタクシーのことで、遺跡までは行かないものの、片道約3ドルで近くまで行けるというのです。しかも、ホテルの従業員がコレクティーボの乗り場まで付いて来てくれ、運転手に直接話しまでしたくれたのです。これはラッキーでした。


ホテル・カラルの窓から見たスペの街。

 

砂漠の中を歩いて遺跡に到達

  コレクティーボは1時間弱で遺跡区域とカラル村の堺にある川を渡る橋のたもとに着きました。ここから遺跡の入口まで歩かなくてはなりませんが、徒歩で約30分と聞いていました。同じ車に乗り合わせたペルー人の母娘と一緒に三人で遺跡を目指して歩き始めました。

 この道はきちんと整備されており、看板も随所に立っていますので、道に迷うことはありません。最初は川沿いの道を周囲の緑を楽しみながら歩けるのですが、丘を越えて砂漠地帯に入ると、太陽の日差しがきつくなり、見渡す限り、岩山と砂丘の連なりになって足が重くなります。最初は、ペルー人の母娘と話しながら歩いていたのが、次第に疲れてきて話もしなくなり、黙々と砂漠の中の一本道を歩きました。

 予定よりちょっと時間がかかりましたが、なんとか遺跡の入口にたどり着きました。カラル遺跡の見学はガイド付きで行わなくてはなりません。ガイド料は人数とは関係なくグループごとにかかるというので、私たちは後から来た3人のペルー人も加えて7人で回ることにしました。


橋のたもとにある看板には、遺跡の入り口まで1.5kmとある。
太陽の光を遮るものは何もない、境界が定められた砂漠の道を歩く母と娘。

 

黒い旗が翻るピラミッド

  カラル遺跡の建造物群は60ヘクタールの広さにまたがって存在しているそうです。広すぎてよくわかりませんが、現在見学できる遺跡の中心部の広さは約1km四方の範囲に収まります。しかし、砂漠の炎天下を3km程度は歩かなくてはなりません。

 遺跡に入ってしばらく歩くと、まず「Edificio Piramidal La Huanca」と、その隣の「Edificio Piramidal La Gleria」という2つのピラミッド型建造物が現れます。この二つのピラミッドは遺跡の入り口まで歩いている時から見えていました。砂漠の砂の中から掘り出したばかりという感じの石の山で、今でも作業員が修復工事をしています。ピラミッドの所々に黒い旗が立てられており、それが風を受けて翻っている様子は砂漠の盗賊が立てこもる要塞のような、独特の雰囲気があります。黒い旗は、ピラミッドに巣を作る燕を近づけないためにあるということでした。

 ちなみに、カラルには防御のための壁などはなく、争いの跡も見つかっていないことから、平和的な交易都市だったのではないかと推測されているようです。

 

カラル遺跡の中心部の地図
発掘途中の2つのピラミッド、La Huanca(左)とLa Galeria(右)が並んでいる

カラルで三番目の大きさを誇るLa Galeria。手前の石垣はLa Huanca。その上に黒い旗が翻る。

 

砂漠地帯で巨石を用いて都市を建設

 ペルーの古代文明には、インカなど石を用いて建造物を作ったグループと、チムーなどアドベ(日干しレンガ)を用いたグループがあります。海岸部の砂漠地帯では、多くの文化が扱いやすいアドベを用いたのですが、カラルは巨石を用いているのが興味深いところです。アドベ作りの建物は、長い年月砂に埋もれていると壊れてしまい、元の形がわかりにくいのですが、石の建造物はなかなか壊れないため、ほぼ元の形に復元することが可能です。「La Huanca」と「La Gleria」を見ると、これから修復が進めば、完全に近い形のピラミッド神殿が見られるのではないかという期待がわきます。

 この、「La Huanca」は北向き、「La Gleria」は東向きに建てられており、二つのピラミッドの正面通路が交差する場所に「Plazuela de la Huanca」という広場があります。ここに日時計のような石柱が建てられており、石柱の影とピラミッドの位置に何らかの意味があったのではないかと想像されます。

建造物は石を積み重ねて作られている。
Plazuela de la Huancaに建てられている石柱。後ろの建物はla Huanca。

 

円形広場を持つ大ピラミッド

  「Plazuela de la Huanca」から北東に向かうと、カラル最大のピラミッド型建造物「Edificio Piramidal Mayor(大ピラミッド)」があります。この頂上からは、カラル全体の様子が見られるだけでなく、スペ川中流域を見渡せるということで、都市を含む支配地域をコントロールするための中心的建造物であったと考えられています。

 カラルが位置するスペ渓谷では、これまで20カ所に登る古代都市の遺構が確認されているのですが、この大ピラミッドとスペ川を挟んだ向かいにも古代都市の大きなピラミッドが建てられているのが見えます。カラルとの関係は不明ですが、こうした隣接した他の都市の様子を見るにもピラミッドは役に立ったことでしょう。

 この大ピラミッドの前には、低い石垣に囲まれた円形の広場があります。ピラミッドは、中から生贄にされた若い男が発見されていますので、宗教的儀式に使われた神殿と考えられ、この広場も同じ目的で作られたのでしょう。

  実は、カラルにはもっと大きな円形の広場を持つ「Templo del anfiteatro」という建物があります。ここからは動物の骨で作られたフルートやコルネットが発見されていることから、音楽などを演奏した円形劇場であったと考えられています。

大ピラミッドの前の円形広場。撮影位置が悪くて円形がよくわからない。
Templo del anfiteatroの円形広場。音楽演奏などが行われたと考えられている。

 

調査と修復には長い時間が必要

 大ピラミッドの向かいには、カラルで二番目に大きな「Edificio Piramidal Central(中央ピラミッド)」がありますが、こちらはほとんど砂に埋もれていて発掘は進んでいません。その隣には「Edificio Piramidal Cantera」があり、現在はこのピラミッドの発掘調査が進んでいます。

 いずれにしろ、この遺跡はまだ一般公開されてから日が浅く、発掘調査も修復作業もあまり進んでいません。今も遺跡内では調査に携わる研究者や修復を行う作業員が大勢働いている状況です。遺跡は元の姿に忠実に再現しなければならないため、作業に非常に時間がかかります。また、莫大な予算も必要とするため、一般公開による入場料だけでは、とてもまかないきれないでしょう。

 遺跡を案内してくれたガイドも普段はここで調査をしている研究者で、「予算がないために、調査を進めるのにすごく時間がかかっている」と嘆いていました。

ほとんど砂に埋もれている中央ピラミッド
発掘調査が進んでいるEdificio Piramidal Cantera
住居跡で調査を行なっている人。こういった作業はあちらこちらで行われている。

 

帰路に見たスペ渓谷の美しい光景

  約1時間半の遺跡巡りでした。長い間炎天下を歩いたため、最後の方は疲れてしまい、ガイドの説明もほとんど聞いていない状況でした。自分のペースでじっくり回ればもっと良かったと思うのですが、仕方ありません。

 しかし、遺跡自体はかなり見応えがあって良かったと思います。やはり、石造りの建築物が並んでいる光景は壮観です。建築物の修復がさらに進み古代都市の姿が一望できるようになると、更に見応えのある凄い遺跡になるのではないかと思います。

 帰りも、また、砂漠の道を30分かけて橋のたもとまで戻ります。疲労がピークに達しているため、なかなかきついものがあります。しかし、ペルー人の母と娘は結構元気で、疲れた人が利用する馬に見向きもせず、どんどん歩いていきます。私もその後を追いました。

 20分ほどでスペ川流域の緑の農地や林などを見渡せる小高い丘に到達しました。砂漠を渡る風が、汗ばんだ身体に吹きつけます。豊かな緑に覆われた美しい沃野をボーッと眺めていると、ペルー人の母が「綺麗だね。来てよかったね」とつぶやきます。娘と私は「そうだね」と応えました。この場所で5000年も前から同じ光景を見ていた人たちがいたことを考えると、不思議な気持ちになりました。その時私は「本当にここに来てよかった」と感じていました。

スペ渓谷の光景。手前にスペ川がありその先には農地が広がっている。

 

線

 

「第1回」に戻る

 

「第3回」に続く

 



ラテンアメリカ博物館
Copyright 2013, K.Norizuki.all rights reserved