PR

 

南米ペルー 遺跡巡りの旅:第19回

オリャンタイタンボ

 

前回に戻る 目次に戻る 次回へ進む

 



インカの巨大遺跡オリャンタイタンボを訪ねる

  クスコの北に広がる「インカの聖なる谷」の中に点在するインカの遺跡の中で最大のものがオリャンタイタンボです。

 規模でも質でもマチュピチュを凌ぐ遺跡にも関わらず、以前はあまり訪れる人はいませんでした。ところが、聖なる谷の開発とマチュピチュ鉄道の土砂崩れがオリャンタイタンボを多くの人が訪れる観光地に変えたのです。

 聖なる谷の開発は、マチュピチュ観光の問題を解決するために進められました。マチュピチュは標高が低い場所にあるため高山病の心配はないのですが、観光列車の出発点であるクスコが3400mもあるため、体調を崩す人が多かったのです。そこで、最近のツアーではクスコに滞在せず、ウルバンバやオリャンタイタンボなど、標高が低い聖なる谷のホテルに宿泊してマチュピチュに行くコースが多くなりました。

 さらに数年前、大雨のためクスコ周辺の鉄道で土砂崩れが起きたことから、オリャンタイタンボ駅から出発する観光列車が多くなったのです。

 クスコからは、コレクティーボ(乗り合い自動車)を利用して、約1時間半でオリャンタイタンボに着きます。ミニバンのコレクティーボは猛スピードで聖なる谷の曲がりくねった道路を走り抜けます。

 オリャンタイタンボ遺跡に隣り合う村は、以前は人影もまばらな僻地の寒村で、中央広場には先住民の女性が営む恐ろしく素朴な食堂が1軒あっただけでした。しかし、今の広場には洒落た感じのレストランが何件もあります。道路にはツアーの車や観光バスが列をなし、その横を大勢の観光客が遺跡に向かってゾロゾロと歩いているのです。まるで、別の場所に来てしまったみたいで、以前のオリャンタイタンボが懐かしくなりました。


山に囲まれたオリャンタイタンボの村

オリャンタイタンボ遺跡。整備された段々畑(アンデネス)が美しい。

遺跡の向かいの岩山の中腹にもインカのコルカ(貯蔵庫)が残っている。下の建物は水の寺院。

 

最初の見所は石の水路や流水を落下させる泉

   村のホテルに荷物を置くと、早速、オリャンタイタンボ遺跡に向かいました。山の斜面に作られた巨大な遺跡は遠目には以前とほとんど変わりません。しかし、遺跡に行く道筋には土産物屋が立ち並び、遺跡の入り口は立派な建物になっています。

 遺跡に入ると、まず、水の寺院(Tempio de Agua)を中心に、沐浴場や儀式の泉と呼ばれる水道施設が多くある場所があります。遠くから水を引く水路や流水を絶えず落下させる泉などを美しく加工した石組みで作っていて、インカが水の利用にどれだけ熱心だったかがわかります。

 特に目を引くのは「皇女の浴場(bano de la nusta)」と呼ばれる噴水で、大きな石を丁寧に削ってピラミッドのような模様を作り出しています。

 遺跡の中心部は南西側にある山の斜面に作られた要塞風の石垣群と太陽の神殿ですが、周辺は観光客でいっぱいです。私は、人が少ない北東にある大きな段々畑「Andenes Mnyaraki」の横から山の中腹まで続く長い階段を上りました。


石を美しく削って作った皇女の浴場(bano de la nusta)

水の寺院の内部

遺跡に上る長い階段

 

10の碧眼と呼ばれる最も美しい石壁

 山の中腹には、段々畑の上を巡って太陽の神殿まで行くことができる道路が作られています。途中には展望台もあり、そこから周囲の山々やオリャンタイタンボの村の美しい眺望を楽しめます。

 その先に進むと、この遺跡で最も美しい石壁がある場所に出ます。壁に窓のように10個の穴が開けられているため、10の碧眼(Diez Hornasinas)と呼ばれていますが、この石組み加工は緻密で美しく、クスコの有名な石垣にも劣らないほどです。

 オリャンタイタンボはインカが各地に作ったタンボ(宿泊所)の一つですが、その規模は大きく、敵の攻撃に備える要塞としての機能にも優れていました。この石壁を見ると、いかにも堅固な要塞という感じを受けます。

 1536年、スペイン人に対し反乱を起こしたマンコ・インカ・ユパンキは、クスコで攻防戦を繰り広げた後、撤退してオリャンタイタンボに入城。スペイン軍は追撃して攻撃を仕掛けましたが、守りが堅くて攻略できませんでした。その後、スペイン軍が再度の攻撃を行ったことで、マンコ・インカ・ユパンキはここを捨てて、ビルカバンバに逃れたと言われています。


遺跡の上部には山腹を巡るための歩道があり、見晴らしがいい。

遺跡中心部。手前の石壁がインカ時代のもので、左奥の部分はインカ以前の時代のもの。

巨石を組み合わせた石壁。先のほうに窓のような空間が10個あり10の碧眼と呼ばれる。

壁の先に設けられた美しい石組みの門。

 

巨大な6つの石を並べた神殿の壁

  オリャンタイタンボに入城したスペイン軍は、いつも通り、インカの施設を徹底的に破壊してしまいました。巨石を使った壮麗な建築物が並んでいたオリャンタイタンボは、わずかな石壁だけが残る廃墟と化したのです。

 10の碧眼の上部に上ると、四角く加工した巨石が乱雑に置かれていますが、これがスペイン軍が壊した神殿の跡だということです。

   そこに巨大な6つの石を並べた壁があります。高さが4mで幅は10m、巨石は直接くっつけるのではなく、間に薄い石の板をかませてあります。巨石の重さは一つ50〜80トンと推定されていて、遺跡の横を流れるウルバンバ川の対岸から切り出して運んできたということです。

 言うのは簡単ですけが、鉄を知らなかったインカが、これだけの重さの石をどうやって運んだのか謎です。エジプトのピラミッドのように、斜面を作り、コロを利用して引きずり上げたというのが通常の考えですが、木のコロでは石の重みに耐えられないはずです。

 そんなことを考えさせてくれるのもこの遺跡の面白さです。

 ところで、この6つの石は太陽の神殿の壁とされていますが、本当のことはわかっていないそうです。


石壁の上部には加工された巨石が無造作に置かれている。

6つの巨石を組み合わせた太陽の神殿の壁。

巨石の間には薄い石をはめ込むという手の込んだ作りになっている。

太陽神殿の上から見た景色。

 

マチュピチュ人気の凄さを感じる

 それにしても、観光シーズンでもないのに、ここでは大勢の観光客が列をなして山を登ってきます。ただし、オリャンタイタンボに人気があるわけではなく、マチュピチュに行く人たちがついでに来ているわけです。マチュピチュ人気の凄さを感じます。

 問題は2月頃のアンデスの山岳部は雨季で、連日かなりの量の雨が降ります。鉄道の周辺は土砂崩れが起こりやすくなり、雨が川に流れ込んでマチュピチュ遺跡周辺の川の水かさもかなり増すのです。

 この時は、雨のため管理当局がマチュピチュに観光客を入れるのは危険と判断し二日間入場停止になりました。ギリギリの日程でマチュピチュを目指した観光客にはお気の毒です。

 私は、あまりの人の多さに、マチュピチュに行く気がなくなりました。レジャーランドではないのですから、古代遺跡は人が多くては駄目です。オリャンタイタンボも、人込みの中では雰囲気がよくないので、私は、人が減る夕暮れまで待っていました。

 その後、村に戻って周辺の散策をしましたが、オリャンタイタンボは村でもインカ時代から続く石垣や水道が使われていて、雰囲気がすごくいいのです。インカの石垣が続く狭い道路では民族衣装の女性が歩いていたり、子供たちが遊んでいたりします。まるでタイムスリップしたような異次元の空間が楽しめました。


インカ時代の石垣が残るオリャンタイタンボ村の道。

村のレストランで食べた鱒料理。

 

線

 

「第18回」に戻る

 

「第20回」に続く

 



ラテンアメリカ博物館
Copyright 2013, K.Norizuki.all rights reserved