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南米ペルー 遺跡巡りの旅:第18回

ピキリャクタ、ティポン

 

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ワリ文化の遺跡ピキリャクタを訪ねる

  今回はクスコの南に位置する二つの遺跡、ピキリャクタとティポンに行きます。この方面に行くツアーもあるのですが、あまり行く人はいないようで、かなりマイナーな遺跡です。

 いつも通り地元のバスで行くことにしましたが、問題はどこで降りたらいいか分からないことです。そこで車掌に「ピキリャクタ遺跡に行きたい」と伝えておいたのですが、バスは遺跡を素通りしてしまいました。隣の乗客に教えられてバスを止めてもらい、降りたのは遺跡から1kmほど離れた場所でした。

 それから、炎天下の道路を20分ほど歩き、ようやく道路沿いにある遺跡に着きました。しかし、そこはピキリャクタではなかったのです。ピキリャクタはインカより前のワリ文化の遺跡ですが、ここにあったのはインカ以前の時代には水道橋として使われ、インカ時代にはクスコに入る人をコントロールする関所として使われたというルミコルカ遺跡でした。

 これも、かなり大きな遺構で面白いのですが、実際のピキリャクタ遺跡はそこから歩いて20分ほど山側に入った場所にあります。


ルミコルカの水道橋あるいは関所。

インカ時代に関所として作られた石組みは立派だ。

 

巨大アルマジロが展示されたビジターセンター

   また炎天下を20分ほど歩き続け、ようやく遺跡の入り口にたどり着いたときはクタクタでした。管理棟で遺跡周遊入場券を見せると、係員が「博物館も見ていきなさい」と言います。

 部屋の中の方が涼しいので中に入ると、大きな動物の化石が展示してあります。それは古代にこの辺に棲んでいた巨大なアルマジロ、グリプトドンの骨格と甲羅でした。「こんなのがこの辺にいたのねー・・」と言う感じで遺跡とは違う面白さがありました。


国道沿いにあるピキリャクタへの入り口。

ピキリャクタ遺跡の全景。手前の建物がビジターセンター。

昔この辺りに生息していたという巨大アルマジロ、グリプトドンの骨格(上)と想像図(下)。

 

石壁と草花だけの素朴な遺跡で時の流れを感じる

 ピキリャキクタを築いたワリという文化は、西暦600年〜700年ころにかけて栄え、現在のボリビア国境からペルー北部の海岸地帯まで及ぶ広大な支配地域を獲得しました。

 広域支配の手法などでインカ文明に大きな影響を与えたと言われていますし、最近ではリマの北に位置する遺跡から金銀の装飾品が発見されるなど、様々なプレ・インカ文化の中でも注目度が高いと言えます。

 ピキリャキクタ遺跡は、思ったより規模が大きい古代都市の跡です。都市全体が石を積み重ねた城壁で囲まれており、さらに内部には石壁に挟まれた通路が延々とつながっています。山と石壁の通路の組み合わせは、まるで小さな万里の長城のようにも見えます。

 ただ、住居跡など個別の建築物も壁はすべて同じ作りです。大きい小さいの違いはありますが、基本的に同じ、壊れた壁が無数に立ち並んでいるだけです。観光客はたまにやってくるだけで、広い遺跡の中に人はほとんどおらず、ただ黄色の花が咲き乱れ、蜂や鳥が自由に飛び回っているだけです。

 基本的に石壁と草花だけの素朴な遺跡。人気のない広大な遺跡の中に座り込んで、崩れた古代都市の跡を眺めていると、1300年の時を超えて自分がこの場所にいることの不思議さを感じました。


石を丹念に積み重ねて作った都市。長い石の城壁が周囲を囲んでいる。

石壁に囲まれた長い通路が続く様はミニ万里の長城のようだ。

夏草が生い茂る静かな住居跡。

石壁に囲まれた小規模な広場もある。

発掘調査が行われている遺構。床や壁面に塗られた白い漆喰が残っている。

 

緑の段々畑が広がるティポン遺跡

  次は少しクスコ方面に戻りティポン遺跡に向かいます。バスで15分ほどで国道沿いの停留所に着き、そこにいたタクシーで遺跡に向かいました。

 タクシーは、山中のジグザグ道路を走り抜け、15分ほどで遺跡の前に止まりました。そこは標高が3400mあるのですが、そんなに高いところにいる感じはしません。

  係員に周遊券を示して遺跡の中に入ると、谷あいの地形を利用した13段に及ぶ段々畑が広がっていました。豊かな水に潤された棚畑は、今は作物は作っていませんが芝生の緑に覆われています。殺伐としたピキリャクタとは違い、潤いがある美しい田園風景です。  


山の上にあるティポン遺跡。下に村が見える。

鮮やかな緑に覆われた遺跡全景。よくできた水路によって段々畑に水が供給されている。

段の壁面の石組みはかなり緻密で、単なる畑の作りではない。

 

水の使い方に秀でた「水の遺跡」

  遺跡の奥に進むと、小さな滝のように水が流れている場所があります。石組みの美しさは皇帝の沐浴場だったクスコのタンボ・マチャイに似ています。

  これは、近くに湧き出す水を引いているのですが、ティポンとはケチュア語で湧いてくる水を意味するティンプイが変化したものだそうです。水を使い方が秀でていることから、ここは「水の遺跡」とも呼ばれるそうです。

 段々畑は様々な場所で見ましたが、こんなに美しく整備された場所は初めてです。段の壁面の石組みや用水路など、かなり丁寧に作られていて、とても一般の畑とは思えません。

 インカは神や皇帝に関わる建造物には美しく加工した石垣を用います。特に水源周辺の石垣の作りを見ると、神や皇帝に捧げる、特別な作物を栽培していた場所ではなかったかと思います。インカ皇帝が父親のために作った場所だとか、農業試験場としての役割を持っていたといった説もあるようです。

 段々畑の先の小高い丘の上に建てられた太陽の神殿も、畑側が半円形になった印象的な建造物です。ただ、この石組みが他の遺跡の太陽の神殿の石組みと比べてかなり荒いのは不思議な気がしました。

 景色に潤いがあって、美しいからか、ここには観光客や地元の若者達が意外に大勢います。 日本で言えば、地元の若者達に人気のデート場所で、良く整備された城址公園という感じです。遺跡としての面白さはあまりないのですが、美しい景色を楽しむにはいい場所だと思います。


水路から流れ出る水。絶えることのない湧き水が水源になっている。

水を導いている水路とその先に広がる段々畑。
丘の上には宗教儀式を行う太陽の神殿がある。半円形の壁面が特徴的だ。

太陽の神殿の上から段々畑を望む。

 

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