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南米ペルー 遺跡巡りの旅:第12回

クエラップ要塞

 

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秘境アマゾナスの県都チャチャポヤスへ

 ペルー北部の海岸近くに位置するチクラヨから、バスで10時間かけて、アマゾナス県の県都チャチャポヤスにやってきました。

 チャチャポヤスはアマゾンの奥地に広がる深い山岳地帯の中に位置する標高2330mの高原都市です。アクセスにはチクラヨ回りとカハマルカ回りがあり、地図を見るとカハマルカから行った方が近いように見えます。しかし、このルートは標高の高い峠越えがあるために、かなりきついということで、わざわざチクラヨ回りのルートを選んだのです。

 この周辺にはかつてチャチャポヤスと呼ばれる文化が栄えていましたが、インカ帝国に征服されてしまいました。その後、スペイン人がやってくると、チャチャポヤス人は彼らに協力してインカを滅ぼしたのですが、結局は彼ら自身もスペイン人に滅ぼされてしまうという悲しい運命を辿りました。

 現在のチャチャポヤスの街は、スペイン人が築いたコロニアル都市で、白壁の美しい町並みが残されています。少し前まで秘境と言われる場所だっただけに、奥地感のある寂れた街かと思ったら、意外に大きく綺麗な街でした。

 中央広場に面した建物に数件のツアー会社があり、北のマチュピチュと呼ばれるクエラップ要塞、人形石棺で有名なカラヒア遺跡、世界第3位の落差を誇るゴクタの滝、ミイラ展示で知られるレイメバンバ博物館などへのツアーを催行しています。ただ、私が行った2月は雨季に当たり、毎日のように雨が降るため、こちらが望むようにはツアーが行われないという問題がありました。

 私は、ここに来た最大の目的であるクエラップ要塞にさえ行ければいいと思っていたので、ツアー会社に行き「明日、クエラップに行けるか?」と聞いたのです。

 幸い、クエラップはこの街最大の観光の目玉ですから毎日ツアーが出ているということでした。


チャチャポヤスの中央広場。カテドラルは質素な作りだが、中心部の建物は白壁で統一されており、美しい町並が保存されている。

 

標高3000mの山頂にある城塞

 チャチャポヤス文化の要塞都市であるクエラップは、最近、注目度が急上昇しています。この裏には、ペルー政府が北部観光開発の目玉にしたいという意向があり、日本のJICA(国際協力機構)も、クエラップを含むチャチャポヤスの観光開発に対する国際協力を進めているところです。

  クエラップはマチュピチュに匹敵する素晴らしい遺跡だと聞いていましたから、かなり期待して出かけました。ツアーの一行は、二人の中国人女性、一人のドイツ人女性、三人のペルー人家族です。この周辺は、休暇を利用してやってくるペルー人の観光客がかなり多いのです。

 ツアーの車は山奥にどんどん進んでいきます。太古の地層がむき出しになった巨大な岩山が並ぶ地形で、山腹にジグザグ道路がどこまでも続いています。車の助手席に座った私にはその景色がよく見えます。日本の山岳にはない、壮大な光景には驚かされました。

 途中休憩しながら2時間ほど山道を走り、クエラップの近くにある遺跡の入り口に着きました。ここから遺跡まで1kmちょっとです。私たちが並んで取り付け道路を歩いていくと、クエラップ遺跡が正面に現れました。マチュピチュと同じように山の上にある遺跡ですが、その山は標高3000mで、マチュピチュがある山よりはるかに大きいのです。


クエラップ周辺の山岳地帯。正面のテーブル状に見える山の頂上にクエラップ要塞がある。

クエラップの南端の城壁。船の舳先のような形だ。

周囲を囲む高い城壁。レンガのような緻密な石組みが特徴。

 

垂直の石垣が数百メートル続く壮観な光景

 クエラップを上から見ると、縦600m、横110mの楕円形をしており、周囲を最大20m高さの石垣で取り囲んでいます。歩いて近づくと、ほぼ垂直の石垣が数百メートル続く壮観な光景を見せています。

 高い防護壁がないマチュピチュとは違って、明らかに外敵の侵入を防ぐ目的で作られた城塞都市ということがわかります。

 石垣に囲まれた城内に入るには東側に2カ所ある通路を伝います。人一人か二人が通れる細い通路の両側は高い石垣になっていて、敵が侵入すると上から石を落として殺すようにしたといいます。


高い石垣が続く。

こちらは東面で、長さ600mある。

石垣の途中に作られた出入り口。かなり狭い!

 

とんがり帽子形の屋根が特徴の住居

 クエラップの城塞内は、プエブロ・アルト(上の村)とプエブロ・バホ(下の村)の二つの階層に分かれており、高い石垣が二つの村を隔てています。

 全体では4000人ほどが生活していたそうで、円形の住居跡がいくつも残されています。一つだけ、藁葺き屋根を持つ住居を復元していますが、まるでおとぎの国の家みたいな高さ10m以上あるとんがり帽子形の屋根が特徴です。屋根が高いのは室内で煮炊きをするため部屋に煙がこもらないようにしているのだということです。

 特徴的な建造物としては、南端にある高さ5mの円錐形をしたテンプロ・マヨール、北端にはトレオンと呼ばれる高さ7mの見張り台があります。

 このような堅固な要塞を備えたチャチャポヤスでしたが、結局インカ帝国に征服され、クエラップにもインカ人が住むようになります。インカの住居はマチュピチュに見られるように四角い形に作ります。このため、チャチャポヤスの丸い住居を壊して四角い形に作り替えた、インカ式の住居跡も残っています。


上写真とは別の出入り口から外側を見たところ。

城内にも上の村と下の村を分ける高い石垣が築かれている。

チャチャポヤスの円形住居跡。大家族が暮らしていた。

復元した住居。とんがり帽子屋根が面白い。

テンプロ・マヨール(大神殿)と呼ばれる建物。

城内ではリャマが飼われていた。

 

 

マチュピチュよりクエラップのほうがいい?

 全体的に見ると、マチュピチュはコンパクトで絵になる場所が多く、クエラップは単調ですが壮大な感じがします。周囲の景観も、両方とも素晴らしいのですが、クエラップのほうがマチュピチュより広大な感じがします。

 前述のように、この時期は雨がよく降るのですが、幸いなことにこの日は天気が良く、私たちは遺跡の前の広い芝生に寝ころんで暖かい太陽の光を楽しみました。

 その時、ドイツ人女性が「マチュピチュよりこっちのほうがいい。こんなに景色がよくて気持ちがいいところあまりない。マチュピチュは観光客が多すぎてどうしようもない」と言いました。

 私も同感ですが、それは天気しだいではないでしょうか。

 ここで、同行の中国人女性二人が「ここから歩いて山を下りたい」と言います。車が通る道路はかなり遠回りをして深い山の中を走るため、歩くと2時間半くらいで麓の村に着けるというのです。

 私も誘われましたが、すでに疲れていて、2時間半山道を下る自信はありません。彼女たちはガイドと3人で山を下り、私たちは、一足先に車で山麓の村まで降りて、昼食をとりながら待ちました。

 ちょっと疲れた様子でしたが、彼女達は無事に降りてきました。楽しかったと話す様子を見て、一緒に行かなかったことを少し後悔しました。


上の村の住居跡から望む周囲の山岳地帯。

 

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