メキシコ

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メキシコ中部 遺跡巡りの旅:第4回

ヤシュチラン 遺跡

 

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南の神殿

川を下り、ヤシュチランへ

ボナンパクから30分ほどで、車はヤシュチラン行きのボートが留まっている船着き場に着きました。ここで小型のボートに乗り換えて、グアテマラ国境を流れるウスマシンタ川を下ります。

  ボートは10人ほど乗れる細長い船体です。ベリーズのラマナイ遺跡に行くボートは狭い川をかなりの高速で走りますが、このボートは時速20〜30km程度で幅の広い川を滑るように走ります。水量豊かな川は両岸を少しずつ侵食し、そこに生えている木々を飲み込んでいきます。途中、マヤ人が聖なる樹としていたセイバの巨木が川に倒れ込んでいました。

 30分ほどでヤシュチラン遺跡の船着場に着きました。遺跡は鬱蒼とした森に囲まれていて、いい雰囲気です。期待が高まりました。

船着場に留められていたボート。

ヤシュチラン遺跡の入り口付近の様子。

 

迷宮を抜けて大広場に出る

ヤシュチランもボナンパク同様、4世紀から9世紀にかけて栄えた古代都市です。古代の交通の要衝であったウスマシンタ川の覇権を巡って周囲のマヤ諸部族が争ったのですが、ヤシュチランはウスマシンタ川の下流(北西)に位置するピエドラス・ネグラスと長い間に渡る抗争を繰り広げたことが、石碑の解読によって分かっています。

 遺跡の入り口から林の中の道を進むと、城壁のような建造物19が立ちはだかります。この建物に人一人が通れるくらいの幅のトンネルが設けられていて、ここを抜けないと先にあるグラン・プラサ(大広場)に出られません。内部は真っ暗闇で、一人で行くとどうしたらいいか分かりません。私が恐る恐る歩いていると、向かいから懐中電灯を持ったガイドが来て、「先に進んだら階段があるので注意してのぼれ」と言われました。説明版にはLaberinto(迷宮)と書いてありますが、まさにそんな感じです。ちなみに、この建物は建造物18及び76〜79が合わさった、ヤシュチランで最も複雑な形の建築物だそうです。

 トンネルを抜けると、グラン・プラサに面した建造物19の前に出ます。グラン・プラサは東西に700m以上もある細長い形をしていて、周囲に様々な建造物が立ち並んでいます。また、広場には王のレリーフが施された石碑も数多く立っています。この中で特徴的なのは南側にある建造物21でしょう。内部に漆喰の彩色レリーフと王の姿を彫刻した石碑が立っています。こうした石碑の多さと質の高さでは、ヤシュチランはマヤ随一の遺跡といえます。

 

グラン・プラサへの通路がある建造物19。

グラン・プラサに面した側から見た建造物19。

木立が生えたグラン・プラサ。未整備の状態がかえって神秘的な雰囲気を保つ。

建造物21の内部にある漆喰のレリーフと石碑。


マヤの儀式や戦争が描かれた彩色壁画

グラン・プラサの南側は小高い丘になっているのですが、この丘の上にあるのがグラン・アクロポリスです。ここに上るための階段がグラン・プラサから続いていて、両側は木立に覆われているのですが、ちょっと見ると巨大なピラミッドの上に神殿が載っているように見えます。地形を利用し、そういう劇的な効果も考えて作られている建造物です。上り口には、石碑が建てられていますが、かなり風化してしまっているのが残念です。

  階段を上がると、グラン・アクロポリスの中心の建物である建造物33があります。決して大きな建物ではないのですが、立派な屋根飾りが残っており、グラン・プラサから見上げると神秘的な雰囲気を持った威風堂々たる神殿です。この建物は「鳥ジャガー4世」という王の時代(8世紀中ごろ)に作られたものだということです。内部には通路と小さな部屋があり、そこには頭が落とされた石像の身体と頭部が置かれています。鳥ジャガー4世の像ということですが、近くに居住しているマヤの末裔の意向に配慮して修復はできないようです。

グラン・プラサから見上げたグラン・アクロポリス。

グラン・アクロポリスの建造物33。前にある枯れ木のようなものも表面に彫刻された石碑だ。

建造物33の中に置かれた、首が取れた王の石像。

大急ぎで山の中の遺跡群を回る

ヤシュチランの見所はグラン・プラサとグラン・アクロポリスですので、ゆっくり見学していけば、これだけで時間切れになる感じです。しかし、まだ時間が少し残っていたので、南の山の中にある南の神殿(Templo del sur)と、入り口に近い小アクロポリス(Pequena Acropolis)にも行ってみることにしました。アップダウンがきつい山の中ですが、時間がないため大急ぎで回ります。南の丘の上、ヤシュチランで最も高いところににある南の神殿には、建造物39、40、41の3つの神殿が並んでいます。規模は小さいですが、非常に雰囲気のいい建物で、その前にはいくつもの優れたレリーフが施された石碑が立てられていたそうです。今では、博物館に移されたりしてほとんど残っていないのが残念です。

 時間はいよいよなくなってきたのですが、同じツアーの人たちが「小アクロポリスに行く」というので一緒に行くことにしました。また、山の中を駆け回り、若い同行者はどんどん先に行ってしまいます。ようやく小アクロポリスに近づいたら、同行者たちが「出口への道が見つからない」と戻ってくるのです。ここからグラン・プラサに戻れば、制限時間を大幅に超えてしまいます。「それはだめだ。絶対、出口に直結する道があるから」と説得して小アクロポリスに向かいました。

 小アクロポリスは思ったより規模が大きく、小さな広場を取り囲んで神殿などがいくつも並んでいます。建物はほとんど修復されていませんが、森に囲まれた全体的な雰囲気が良く、静かな自然の中で古代をしのぶには適しています。

 問題は帰り道です。遺跡には標識もなく、どこが出口に通じる道かわかりにくいのです。それでも、見つけた細い山道をどんどん下っていくと、突然、出口に通じる道路にぶつかりました。ツアーの制限時間から少しオーバーしましたが、まあ、許容範囲という感じです。何より4人ほど一緒だったのが幸いでした。

南の神殿には3つの神殿が並んでいる。

森の中にあり、雰囲気がいい小アクロポリス。

 芸術的にも学術的にも貴重なレリーフが数多く見つかっているヤシュチラン。中でも、建造物23から見つかった3枚のレリーフが施された石版はマヤ芸術の最高水準を示すとまで言われる。しかし、メキシコに残っているのは写真の一枚(メキシコ人類学博物館蔵)のみで、後の二枚はイギリスに持ち出されてしまった。

線

 

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