テンプロマヨール 遺跡

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メキシコ中部 遺跡巡りの旅:第13回

テンプロマヨール遺跡

 

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メキシコシティの中心にあるアステカの寺院

 この旅の出発地メキシコシティに戻り、アステカ帝国の代表的な遺跡であるテンプロマヨールに出かけました。

 メキシコシティは、元々、古代アステカ帝国の首都テノチティトランがあった場所です。この地を征服したスペイン人たちは、壮麗な宮殿や寺院が立ち並ぶ都市を徹底的に破壊し、その上に植民都市を築きました。このため、現在のメキシコシティ中心部の下にはアステカの都の土台が埋もれているわけですが、長い年月の間に、それは伝説となってしまっていたのです。

 ところが、1978年2月に、シティの中心にある大聖堂カテドラル近くで工事を行っていた電力会社の作業員が、地下部分でレリーフが施された石を見つけたのです。その後、地下の調査が行われ、この周辺に大規模な古代遺跡が埋まっていることが確認されました。ただ、隣接する大聖堂や国立宮殿の下は手が付けられないため、作業が可能なテンプロマヨールが埋もれている部分のみの発掘調査が進められたのです。

 私がメキシコシティに初めて行った1980年は、まだ、遺跡の発掘が進められていた時で、一般公開はされていませんでした。二度目の1994年には遺跡が公開され、発掘された遺物は隣接の博物館に展示されていました。そこから大きく変わっていることはないと思いますが、以前の記憶があまりないため、初めて見るような感じで期待していました。。

 

テンプロマヨール遺跡の内部。後方に大聖堂カテドラルがある。


7度にわたる増築で巨大化した神殿

  テンプロマヨール遺跡は地下鉄のソカロ駅のすぐそばです。物売りや通行人で混雑する場所を抜けて入り口に着くと、係員から入場を少し待つように言われました。遺跡内が混雑しないように、前に入場したグループがある程度進んでから次のグループを入れるようです。

 10分ほど待つと入場が許され、遺跡の上に設けられた通路を歩いていきます。メキシコの多くの遺跡はピラミッドなどの建造物がちゃんと残っているのですが、ここはスペイン人により破壊された跡ですので、ピラミッド神殿などの基盤部分しか残っていません。それでも神殿の階段部分に彩色された蛇の彫刻などが残っているのが見えます。屋根掛けされた所を見ると、彩色された雨の神トラロックの像もありました。 

 アステカやマヤでは、新しい王が即位すると、先王時代に作られた神殿を覆い隠すようにして新たな神殿を築きました。これが何代か続くことで巨大なピラミッド神殿になるわけです。テンプロマヨールの場合は、7層の神殿が残されていたそうです。遺跡を見て行くと、内側の古い神殿の階段や壁面が残っていて、その構造がよくわかります。

 テンプロマヨールというのはスペイン語で大神殿あるいは主神殿という意味ですが、アステカの首都テノチティトランの中心部にそびえる宗教儀礼の中心地だったのです。エジプトのピラミッドとは異なり、マヤやアステカではピラミッド状の基台の上に神殿を設けるのですが、テンプロマヨールの場合は二つの神殿が乗っていました。一つは雨の神トラロック、もう一つはアステカの軍神ウィツィロポチトリを祀っており、神殿上部までの高さは60mあったそうです。

 遺跡の中心部は屋根掛けをしており、そこには彩色レリーフが施された台座や、生贄の儀式に使われたチャックモール像などがあります。チャックモールはマヤの遺跡でもよく見られる、お腹の皿に生贄の心臓を捧げたという像ですが、このように彩色が残っているチャックモールは珍しいのです。この近くには、骸骨を彫刻した祭壇ツォンパントリも残っています(トップ画像)。


ピラミッドの上部は破壊されてしまったため基盤部分だけが残っている。

古いピラミッドの上に新たなピラミッドを築く形で大きくしていったのが分かる。

神殿の壁面や階段脇に蛇の像などが置かれている。右は雨の神トラロック。

彩色が残るチャックモール。ここで行われた儀式を考えると気味が悪い。

優れた展示の博物館は必見!

 一通り遺跡を見終わると隣接の博物館に入ります。中には、時間がなくて博物館を見ない人もいるようですが、なんだかよく分からない遺跡よりもこちらのほうが素晴らしく、必見です。

 博物館の見所は多いのですが、まずは骸骨が並んだツォンパントリの復元壁です。これはマヤのチチェンイッツア遺跡にも祭壇がありますが、こちらの方が規模も大きく、迫力があります。ちなみに、ツォンパントリは石像だけでなく、実際に生贄の生首を晒した場所です。日本でも昔は河原でやっていましたが、アステカはそれを街の中心で大規模にやっていたようです。

 また神や戦士を象った大きな素焼きの像が数体ありますが、中でも鷲の姿をした等身大のアステカ戦士の像は見事な出来栄えです。

 この博物館の目玉展示が、月の神コヨルシャウキを象った大きな石板です。コヨルシャウキというのは、アステカの神話に登場する最高神ウィツィロポチトリのお姉さんです。どこの誰の子ともわからないウィツィロポチトリを孕んだ母コアトリクエを恥じて殺そうとしたのですが、逆にウィツィロポチトリによって殺され四肢がバラバラになってしまいました。その状態を現したのがこの像です。

 そして、2010年に新たに加わった展示が、2006年にテンプロマヨール脇の縦穴から発見された女神トラルテクトリの石板です。安山岩で作られたこの石板は大きさが4.2m×3.6m、重量は12トンもあります。彫刻されたトラルテクトリは、生と死の循環を象徴しており、自分の血を飲みながら、しゃがんだ姿勢で出産しているという、おどろおどろしい感じの女神なのです。

 テンプロマヨールをテーマにして、これだけ充実した展示ができるというのは驚きです。国立人類学博物館はもちろん素晴らしいのですが、それにも劣らない、このテンプロマヨール博物館を見なければアステカ帝国は理解できないと言っていいと思います。


骸骨の像が並ぶツォンパントリの復元壁。

鷲の姿をしたアステカの戦士の像。

鮮やかな彩色が残る雨の神トラロックの像。

アステカの神話に登場する月の神コヨルシャウキの石板。

アステカ最大と言われる女神トラルテクトリの巨大な石板。

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