チチェン・イッツア遺跡(マヤ文明) メキシコ

世界遺産



壮大なマヤ文明の複合都市 チチェン・イッツア

戦士の神殿横の列柱越しに見た「ククルカンの神殿(エル・カスティーヨ)」

 チチェン・イッツァはユカタン半島のマヤ古代都市の中で最大の規模を誇る後古典期(西暦900年〜)の遺跡だ。建築群は、北と南の地区に分けられ、北はメキシコ中央高原に君臨したトルテカ文化の影響を強く受けたトルテカ様式、南はユカタン半島西部に花開いた後古典期の都市群に見られるプーク様式の建物になっている。
 この遺跡は、均整の取れた美しいピラミッド「ククルカンの神殿」で有名だが、その他にも、戦士の神殿、天文台、球戯場など、規模が大きく見応えのある建築物が多く、マヤの遺跡巡りでは絶対外せない重要な場所だ。

      


チチェン・イッツア遺跡の入り口にある管理棟。博物館が併設されている。



遺跡の中心地域。入場して遊歩道を進むと、ククルカンの神殿の前に出る。



 スペイン人がその威容から「エル・カスティーヨ」(城)と呼んだククルカンの神殿。高さ24mと中規模だが、均整がとれた美しい姿が特徴のピラミッド。この神殿には天文学の研究が盛んだったマヤの技術の粋が集められている。一つの面の階段の数は91あり、それが4面で364。それに最上段を加えて一年の日数を示している。この階段の下の部分には羽根毛の蛇(ククルカン)の頭が置かれており、春分の日と秋分の日には、階段状のピラミッドの側面の影がちょうど蛇がのたうっているように映るようになっている。現在は、ピラミッドの保護のため上には登れなくなっている。


 東側に位置する戦士の神殿上から見た「ククルカンの神殿」(現在は、戦士の神殿にも上ることはできない。1993年撮影)。


 戦士の神殿の上部。羽根毛の蛇ククルカンの頭と胴(柱)が通路の両脇に置かれている。この前には生贄の心臓を置いたとされるチャックモール像がある(上の写真で像の頭が見えている)。


 ククルカンの神殿の上から見た「戦士の神殿」。メキシコ中央高原を支配したトルテカの建築様式になっている。トルテカは羽根毛の蛇「ケツアルコアトル」伝説を生み出したが、それがこの地に伝わってククルカンとなったとされている。


 骸骨のレリーフが施された祭壇「ツォンパントリ(Tzompantli)」。このレリーフのように、実際に捕虜など生贄の首を刎ねて、それを並べて展示する場所だったと考えられている。たくさんの生首が腐ったり、鳥に食われたりしながら骸骨に変わるまで展示するもので、壮絶な場所だったことが想像できる。


 ツォンパントリには戦士と鷲の精巧なレリーフも施されている。


 ククルカン神殿の北に位置する球戯場。マヤでは、神事として盛んに球技が行われ、多くの都市で球戯場が作られた。チチェン・イッツアの球戯場は、その中でも最大の規模と言われる。手前右には「ジャガー神殿」があり、フィールドの奥には「北の神殿」がある。


 球戯場の壁の下部には、球技に関する儀式の様子が彫刻されている。写真下に骸骨が描かれた円形のボールがあり、右側のひざまづいた人の首から、血を示す数匹の蛇が飛び出している。以前、このレリーフはゲームの勝者の首を刎ねているものと説明していた。死は神への捧げものになることを意味し、名誉なことという考えからだ。だが、左側に立つ勝者によって右側の敗者の首が切られたとみるほうがよさそうだ。左側には勝者が立っており、その手に握られた首が左下に見える。


 聖なる湖「セノテ」へ続く道。300mほど続く沿道にはみやげ物屋が並び、物売りが観光客に盛んに声を掛ける。有名になった遺跡がこうなるのは仕方がないが、うるさい!


 道を辿ると、直径60mほどある垂直の穴があり、下に水が溜まっている。ユカタン半島にはいたるところに地下水脈があるが、地表が陥没することで、こうした湖ができる。マヤの人々は、これをセノテと呼び、聖なる場所としてきた。特に、このセノテは生贄の儀式に使われたことが知られており、湖底の調査によって、様々な遺物が発見されている。


 大神官の納骨堂あるいは墓とされている小型のピラミッド。近年の発掘調査で内部から骨が見つかったことからこう呼ばれる。


 大神官の納骨堂のピラミッドの上には、元々、大きな神殿が建っており、角にはプーク様式の雨の神チャックの彫刻が施されていた。その角柱がピラミッドの横に置かれている。


 赤い家と呼ばれる小型神殿。元々、赤い色に塗られていたらしく、その色が一部に残っていたそうだ。


 遺跡の南側にあるカラコル(El Caracol)。マヤ文明は特に天文学に優れていたことが知られているが、この建物は天体観測用の天文台といわれている。中に入ると、天井の部分に小さな窓が開けてあり、そこから毎日の星の動きを観察できるようになっている。その結果を、農作業、儀式、戦いなどに反映させていたのだろう。この建物も、今は中に入れなくなっている。


 カラコルの上部はかなり壊れているが、現代の天文台によく似ている。耕作に不可欠な雨の神チャックの顔が壁面に見える。天文観測と農耕文化が密接に結びついていたことを示している。


 カラコルの南に位置する尼僧院と呼ばれる規模の大きな神殿。この上に登ると、カラコルとククルカンの神殿がきれいな角度で見えるのだが、現在は上れない。ここまで禁止されると、つまらなくて、ため息が出てしまう。人が多いので仕方ないが、遺跡の魅力は半減以下になった。


 尼僧院の横にある「教会」と名づけられた建物。雨の神チャックの顔が2層目と3層目に並ぶ、切り石で表現したプーク様式の壁面装飾が美しい。


 尼僧院の東側には「東別館」と呼ばれる建物がある。横には、教会(裏側)がある。


 東別館の装飾は教会よりさらに手が込んで美しい。こちらは1層目と2層目にチャックの顔が浮き出ており、2層目の中央には王らしき人物の像が置かれている。全体で怪物の顔を表しているとも言われており、出入り口は口になる。口の上には歯が出ているが、下の歯は失われている。
 
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勝手に評価

評価の基準:★★★★★=文句なしに素晴らしい、絶対お薦め。★★★★=かなりいい、是非一度見てほしい。★★★=なかなかいい、見逃すのは惜しい。★★=まあまあ、期待しないで見てみてはどうでしょう。★=特にお勧めはしません。無星=なんだこれ、見ても疲れるだけ。

  チチェンイッツァは、ユカタン半島のマヤ遺跡の中では最も観光客が多く、賑やかな遺跡だ。遺跡の規模が大きいだけでなく、様々な古代の建造物があり、マヤ文明の素晴らしさを感じることができる。 

 観光客が多くなったことで、遺跡の収入が増えて施設も良くなった。最初に私が行った1979年には、遺跡の真中を走る道路沿いに、管理用の掘建て小屋と安食堂が建っているだけだったが、今は立派な施設ができて一大観光地になった。アクセスも、メリダやカンクーンから定期バスや観光ツアーがたくさんあるため、苦労することはない。

 マヤ文明に興味がある人にとっては外せない重要な遺跡だが、観光地化されすぎて環境が悪くなっている。以前は自由に登れたピラミッドや神殿に今は登ることができなくなっている点も大きなマイナス。平凡な遺跡になってしまった感が強く、残念ながら格下げ!!

 評価項目     評価
 遺跡 ★★★
 周囲の環境 ★★★
 アクセス ★★★★
 周辺施設 ★★★★
 お薦め度 ★★★

 

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静かで美しいコロニアル都市バジャドリッド

 カンクンからチチェンイツアに行く途中にメキシコらしい雰囲気の町バジャドリッドがある。欧米の旅行者に人気があり、ホテルやレストランも充実している。町は典型的なコロニアルスタイルで、美しい2本の塔を持つカテドラル(教会)や緑豊かな中央広場などがある。また、この町のそばには、最近人気が出てきた遺跡エク・バランもある。

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行き方

 チチェン・イッツァへは、カンクンから行くのが一般的だ。カンクンの旅行社がツアーを出しているのでそれを利用すればいい。自分で行きたい人は、カンクーンの1等バスターミナルから出ているバスがある。日帰りで行く場合は、朝7時過ぎに出発するバスがあるが、これに乗り遅れた場合はメリダ行きでチチェン・イッツア経由か、1等バスでバジャドリッドまで行き、チチェン・イッツア経由メリダ行きの2等バスに乗り換える方法もある。


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ラテンアメリカ博物館
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